良くあたる !

銀座クラブ オーナーママ 

天壽まりの易占い

           

望めば誰でも幸せになれます         


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平成24年6月

 

「 真  贋 」 (しんがん)   小林秀雄   世界文化社

 
 小林秀雄の講演CDが出版されておりこれを聴いて思っていたような重い語り口の方ではなく、べらんめえの江戸っ子のような早口の高い声でしゃべる人なのにびっくりした。
 講演でちっとも難しいこといわない。

 文章で読むと小林秀雄は難しいことを書く人のように思われるが、それは自分の感じたことを自分で分析して文章にするからで、実は人にとっての分かってしまえば当たり前の本質がどうして当たり前のようになるのか-とそのことを文学・絵画・音楽を通して一貫して探して考え続けた人である。とそのように理解しているのです。
 よってこの方の仕事は思索のプロセスの連続の表現であったといえるでしょう。

 辰濃和男さんの書かれた文章に評論家の小林秀雄が「批評とは人をほめる特殊な技術だ」と言ったとあります。
 小林は書く。「批評文としてよく書かれているものは、皆他人への賛辞であって、他人への悪口で文をなしたものはない事にはっきり気附く」と。
 これは批評する対象が書くに価する魅力とすばらしさを持っており、だからこそ書いたと言えるのでしょう。

 私のしております占筮の仕事も実は相談者の悩みに応じながら人が生きるための一番いいところを提示していくことに尽きる気がいたします。

 欠点をあげて是正するのではなく、よりすばらしいところをさらにすばらしくしていく。  そのことが大切ですね。
 人はほめてもらって成長するのです。
 案外身近な人たちが言葉で伝えることをためらっているいいところを第三者として客観的にお伝えできる、思えば本質にかかわる何といい仕事をしているのだろうと。 感謝の気持ちでいつもいっぱいの毎日なのです。
 

 
 
平成24年4月
 
 「 易と日本の祭祀 」   吉野裕子  人文書院

 吉野先生は八十歳を過ぎ全集を刊行中に残念ながらお亡くなりになりました。

 結婚され子育てが一段落された五十歳ころから、では日本舞踊を習いましょう!と思い立たれそこでたためば一本となり、開ければ扇形となる扇子はいったい何なのか?と興味を持たれる訳なのです。

そこからがすばらしい。
 単に扇子のみの関心にとどまることなく、日本の祭りや風習に残る形式を通じてのちに「吉野民俗学」といわれる独自の民族理論を研究されたのでした。
 おんなの人生のいわば余生と思いがちな五十歳すぎに改めて文学博士号の学位を授与されるまで学ぶことに情熱を尽くすその生き方には圧倒されるばかりであります。
 この尽くし方のほんの少しでも見習うことができたら・・・・・と残された本をくり返し読んで読んでおります。

 「民俗学」の分野を拓いていった人に柳田国男と折口信夫のお二人がつとに有名でありますが、ただお一人吉野先生のみが聖徳太子までさかのぼり日本民族の思想形成に易学と陰陽五行が深くかかわっていることを推理し解明されていったのでした。

 私にとりましてはまず今を生きる者としての占いとしての「易経」の本があり、いろいろ探しているうちにたどりついた本なのです。
すると七、八世紀に中国から「四書五経」として輸入された当事の日本においては新しい学問であったはずの「易経」が国家形成への役に立ったということも吉野先生の本から読み取れることがあります。

明治維新の近代化によりいったん捨てられかえりみられなくなった易学ではありますが平成維新といっていい現在、改めてこれを学ぶことが日本という国を知るよすがになるのでは?と感じております。
 
 
 
平成24年1月
 
「仮想招宴」 草野心平
KKロングセラーズ


  「蛙の詩人」とも呼ばれた草野心平はオノマトペを使った前衛的な詩作品を発表する一方評論家でもありエッセイもたくさん書いた。
 つまり多才な物書きであったのだ。
 大正時代に誰よりも早くまだ一冊しか詩集を出していない宮沢賢治のその才能を見つけた人でもある。
 この辺に創作である詩と原石ともいえる才能を発見する批評の精神を両方持ちえた希有な人物であることが分かる。
 現在の福島県いわき市小川町に生まれ中国の広東嶺南大学に留学するが排日運動にやむなく帰国。
 時代は大正から昭和へとふたつの戦争を経てこの平成では信じられないような激動期であり、詩人として食べていく(詩人という仕事は今でもそうであるが)のが難しかった。
 詩人を仕事にするとそれが職業となっり得ない経済的苦しみとそこから派生する悲しみを引き受けることになる。
 だから草野心平はただ同然のものも普通なら捨ててしまうだろう物も工夫して食べた。
 この二冊の本はそうした工夫の証でもある。 けれどそこに楽しみと喜びと発見があるのだから人の生きる道は深い。
 詩人として生きたからこそそうなった。
 そしてそれを書いた。
 書くこと=表現すること=は人の苦しみや悲しみをなだめてくれる。
 古代にこうした表現をするというアートを見つけた人たちの幸せな感情はいかばかりであったことであろうか。
 私たちの幸せな気持ちを自分に確認させていく作業のさまざまは今でも続いている。
 何気ないのに大切なことをやはりこの本たちは伝えてくれるのだ。
 

 
「酒味酒菜」 草野心平
ゆまにて書房
 
平成23年12月

「天空 ジュアードレース作品集」  住田啓子 平凡社


 ジュアードレースとは住田啓子さんが絹の糸をまず金色に染めそこから他のさまざまな色を派生させ、鈎針一本で編んで作品を作っていくオリジナルな手法のことです。
 その作品は大きいものは衝立であり二曲一隻の屏風であり、初めは飾り衿からスタートしハンドバッグやコサージュとさまざま多岐にわたっています。 つまりどんな作品にも展開できる不思議な魅力があるのです。
 材質の質量感のちょっとしたふくらみが陰影をかもしだし何ともいえず美しい。
 もとから鈎針一本で編むことは手芸として活用されていたのですが--私もこれでベットカバーを作ったのです。--啓子さんはこれを芸術作品にまで高めた第一人者といえるでしょう。  糸しかないところから構図を考え編みつなぎ意匠をこらして構築していく作業は気が遠くなる時間と根気のいることと思いますが、それは生命を賭ける人の秘密です。
 京都大山崎山荘のかつては持ち主の別邸であった古い建物の今は美術館になっている場所でのロングランの個展では、よくこんなにたくさんの屏風を作られたものだというほどの作品が並んでおりました。
 そこで初めてスタンドを見ました。  内部の光りが金色の糸で綴られた外にこぼれて夢幻の空間に刻を忘れてしまいます。
 この本を手になさった方はどなたでも実物を見て確かめたくなってしまうのでは ?
 仕事と才能がわかちがたく結びついて、どんな分野においてもまず先頭を走る優れた力がのちのちの人を巻き込み継承していくことになる (ふと日本古来の仕事となっている添しを思い出しますが) という事実を改めて考えさせてくれます。  想像力をあっちへもこっちへもとわき立たせてくれます。  美は人を沈黙させるといったのは確か小林秀雄でしょうか。

 
 

平成23年11月

 

 「意識と本質」       井筒俊彦    岩浪文庫

  亡き井筒先生は日本の数少ないイスラーム教の研究者でいらっしゃいました。

 何度読んでも理解に及びがたい気がするのはイスラーム教とその文化の背景を知らないから、なのかも知れませんが、実は易経についてもカール・ユングのいうところの「元型」イマージュのみの構成された雄大なシステムが易経なのだと占筮をする以前の易の存在そのものの考察をこの本で展開して書いておられます。

 易経について書かれた珍しい一冊とも言えるでしょう。
 二十代三十代と詩人の仲間と同人誌を出しており勉強熱心な同人たちは勉強会でこの本を輪読していたようですが、その当時は遠巻きにしてただ眺めていただけでした。

 何のきっかけか、手にすることになりました。 そうした偶然が重なっていく度に読書とは求めてさえいれば出会いがあり、必ず巡り会えると確信するに至りました。

 ちょっと大げさな言い方ですが、これこそ偶然が必然となる人生のいい例なんだな ということでしょうか。

 岩波文庫創刊八十年記念の「図書」 「私の三冊」で詩人で小説家の小池昌代さんが三冊の内の一冊にこの本をあげて
---イスラーム研究家が自分の根にある東洋思想と対峙した本。私は本書を詩学として読んだ。 意味を越えてやってくるものがある。 読んでいるとイメージが頭というより腸のなかで活発に動き出す。---とコメントしています。

 どこをどのように読んでも五臓六腑にしみわたる一冊です。


平成23年10月

 「きもの自在」           鶴見和子  晶文社
 「幸田文の箪笥の引き出し」   青木  玉   新潮社

 四季を通じて仕事着としてきもの(と平仮名で書きますが)を着ているので洋服からきものに移行した頃は、何かを教えてもらえるヒントはないものかと片っ端からきものの本を読んだものです。
 この二冊は十年来繰り返し読んでいます。 それと言うのも、流行=ファッションのことを書いているのではなく生きる喜び生きる力となるきものとの出会いについてこのお二人は率直にこれを語られているからです。

 青木玉さんの祖父は幸田露伴。 露伴は岩波書店の初代岩波茂雄が訪ねてくると〈好きな数字をあげてごらん〉といい易経にこれをあてはめていたとも、易経の卦「風沢中字」を〈接吻ヲ表シタル東洋ノ最古ノ文献ハ易ノ中字ノ卦ナリト〉といったとも伝えられております。
青木玉さんが結婚する時、母の幸田文は娘さんのきものの婚礼衣装を用意します。 そして式に出席する黒留袖を黒では無く深い紫で作られたそうです。 そのことを玉さんはこう書きます。
---親族の席は遠い、テーブルに着くと男の礼服も女の留袖も、とかく沈んで喪服と似る。 隅の一点に紫がある。 ああ母さんはこれを考えて着物を作ったかと悟った。 「私はここにいるよ」と。

何度読んでもここでぐっときて涙で次の頁をめくるのが遅れてしまいます。

 一方鶴見和子さんは山登りするのも上智大学で教壇に立つのもきもので通された方です。
 最晩年体調をくずされて自宅を片付け高齢者ホームに入居され車椅子で生活するのを余儀なくされた時、実にいさぎよくきものを二部式に切ってしまわれます。 これなら下は巻スカートのようにくるりと巻けばいいですし、上ははおるだけで済みます。
車椅子にきものの写真を新聞で見ましたが見事にすがすがしい美しい姿でした。
 その姿でもってあふれるたくさんの短歌を作られたそうです。

こんな先輩のきものの着こなしに変わらずに励まされている自分がいます。

 
平成23年9月

カイエ・ソバージュ 全五巻 〈人類最古の哲学〉他
                        中沢新一著     講談社選書メチエ

 中沢新一さんは文化人類学の研究者です。
 この五冊の本を通じて今の私達は何者であるか? 
と問いかけています。
古代の人たちは自然を敬い動物を殺して食べるのは成り行きの循環のなせることで神話として伝えられる話を分析してみると、かっては人間は特別の存在ではなく生物すべては対等であったと語ります。
 ところが国家があちこちに発生してくると、それに伴い一信教も派生してきます。 つまり国と神とは一対の欠くべからざる必要性に求められた仕組みであったのだと。
 私たちが無意識という脳の動きを獲得した時、それはネアンデルタール人の後の私たちの祖先の現生人類からなのですが、物を何かにたとえると能力がうまれ、そこで初めて絵画が文学といった芸術をつくるという行為につながっていくのです。
 私たちの脳は以来進歩せず、この数万年同じ能力しか持ちえていないと。
 中沢新一さんは低いトーンで〈共食い〉は自然の摂理に反しているといいます。そんな野蛮なことをするから狂牛病や口蹄疫が出てくるのだとも。

 私たちの生きる時代の目には見えませんが、よって立つ場所について目からウロコの分析のなされている本と言えましょう。

 

平成23年7月
辰巳芳子さんの料理の本のすべて。

  辰巳芳子さんが料理の手順や作り方を文章になさると、それは料理のことですのに人生を生きるための哲学であり思想をも語っているように思えてなりません。
  深くて明確であります。
例えば 〔 知っていることと出来ることは違います。 〕 とおっしゃいます。
  出来ることをひとつずつ増やしていくことが実は料理のレシピが増えることなのですが、知っていても手を使って我がこととして覚えないとそれは本当には知識とならない、つまり知性のあり様というのは知っていてなお行動できることだと伝えていらっしゃいます。
  食器の用い方やお箸の上等さにも教えて頂けることがたくさんあります。
  家庭で食べる食事が子供たちにとってどれほど大切か!には説得されます。
 


平成23年5月

 

  この所、まとまって船井幸雄さんの本を読みました。
  船井さんは現在70歳の半ばでしょうか、一部上場しております。
〈船井総研〉の創立者で今迄共著も含めて400冊ほどの本を出版されております。
その著書には「人は生まれ変わる」ダイヤモンド社刊もあります。 
  死は終わりでなくまた多くの人は地球上に人として生まれ変わる ということに真面目に取り組んで研究していらっしゃる方がコンサルティング会社にも上場なさったのです。 
  ちょっと珍しい生き方をなさっているとつくづく思います。 お奨めの本です。 
  一度手にとって読んでみて下さい。

 

 

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